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2009-05-19 (Tue)
つぼみろーず22008年9月15日(月)~10月3日(金)

 9月15日(月)
いよいよ入院。
翌日に手術を控えている。
この時の精神状態といったらどんなものだったんだろう…自分のことなのに思い出せない無言、汗
きっと冷静でなかったのに、冷静な振りしてたと思う。
不思議ともう涙は出なかった。
それまでにいっぱい泣いたからアップロードファイル
右おっぱいの写真も撮ったし。
覚悟を決めていた。
眠剤と下剤を飲んで眠りについた。

 9月16日(火)
手術当日。
眠剤と疲れのせいでぐっすり眠れたけど、朝5:30に目が覚める。
7:00の検温と血圧測定の後、8:00前に浣腸をしてすっきり無言、汗
今日は絶食。
点滴がスタートして、14時からの手術に備えて準備。
手術着に着替えて、足には血栓予防のための真っ白な王子さまタイツ((笑))を履き、自分の足で手術室へ向かった。
母親や家族がゾロゾロと手術室まで大移動。
見る人が見たらすごい光景だったねおちこみ

初めての手術室。
周りを見渡す余裕もないほど緊張していたらしい。
オペ台へ上がり、顔に麻酔マスクをかけられ横向きに寝て、背中から麻酔管を入れる。
2回ほど「あっ…鼻がかゆいです」とマスクをはずして鼻をかいたところまでしか記憶がない。


「まきさん、終わりましたよ~。ご家族の方いますよ~。」
看護師さんに声をかけられて何度も目を開けるけど意識が朦朧としていて目が開かない。
みんなが私の顔を覗き込んでいたのは確認できたけど視点があわずまた眠る…の繰り返しでした。

リカバリ室での時間は地獄でした。
身動きができないから寝返りが打てず、腰がおかしくなっていた。
翌朝10時くらいには部屋に戻れるという話しだったからそれまで我慢するしかない。
夜中は熱が高くて体中汗びっしょり。
動かない体を必死に動かして看護師さんたちが2~3回病衣を着替えさせてくれた。

 9月17日(水)
手術翌日。
朝、尿道カテーテルを抜き、「さて、自分の足でお部屋まで帰ってみましょうか」となり、体を起こしたら吐き気とめまいがしてきたので慌ててまたベッドに戻される。
ドレーンパックを触ると、大量に一気に出血したり、鎖骨付近がものすごく痛むことから部屋に戻るのは午後になった。
朝一番で会いにきてくれたパパさんと一緒にリカバリ室で看護師さんたちの監視(笑)のもと14時まで過ごす。
その後ようやくボチボチ歩いて部屋まで帰りました。


10日目でドレーンがやっと抜けて、後は日々リハビリの毎日。
午前中はリハビリステーションへ行き、おじいちゃん・おばあちゃんにまじってたっぷり1時間。
しめはエアロバイクで汗を流す絵文字名を入力してください

そんな感じで私の入院期間は19日間。
うちの病院では短い方らしいが、他の病院では術後1週間で退院とかざららしい。
今回はちょっとゆっくりさせてもらいました。
術後の病理結果は約1ヵ月後にわかるということ。
この結果で自分の癌の顔つき、リンパ転移の数、今後の治療方法など全てが決まる。

今思うと、手術してから、病理結果が出るまでのこの期間が自分の中では1番元気だった気がする。
病室での写真もげっそりやつれてはいたけど、気持ちは「悪いものはとってしまったんだからピース後は治療をがんばればいいんだ」ぐらいに気軽に考えることができていたから。

肉球この記事は2008年9月15日~10月3日までのことを記録として書いています。
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